記録

9月1日。防災の日。
台風の影響が出始めた日。

まずは朝、母が食器を運ぼうとして転倒。
幸い少し肘を打っただけで、ホッとして
予定通り美容室に連れて行き、上機嫌で夕食を済ませた。

夜中の2時半ごろ母から電話。
お父さんが倒れて血が出ているの!
夫と駆けつけると、多分トイレから出た時滑ったか躓いたか、
うつぶせに倒れている父の眉のあたりが血だらけ。
メガネで切れたらしい。
声を掛けると応えるし、手足も動かせるけれど、
とにかく119。私も着替えて仕度し、
7分後位に来てくれた消防署の人に見てもらい、
汗でびっしょり濡れた父のパジャマを脱がせて着替えさせ
夫に後から来て貰うように頼み、息子には母を見てもらうように言って、
救急病院へ。3件位問い合わせていたように思う。
家からすぐそばにも救急病院はあるのに、
やはりいつでも受け入れてもらえるものではないらしい。

左右の眉、横一文字に8センチ位切れた。
何針縫ったか不明。
処置が終わって、では帰って・・・となったら
腰が痛くて立てないと。
ではこのまま入院して、明日調べてとなり、
夫と私は帰宅。
ベッドに入ったのはもう夜が明けた頃だった。

2日金曜日、10時頃車で病院へ。
幸い何度か行った事のあるところで、道路も空いている行きやすい場所。
すぐ横にある大きなスーパーの駐車場に止めて行く。
父は傷が痛むようだったが、大人しく聞かれた事に答える。

検査結果を3時間待たされて聞く。
頭も腰も、今回の転倒での骨折等はない。
が、脊椎間狭窄症が進んでいて、
だから歩行に支障が出ているし、転倒しやすい。
この際治療してはどうかと言われる。
場合によっては手術もと。
3週間ほどの入院になるでしょうと言われ、
思わぬ展開に、頭の中は少しパニック。

3週間。。母はどうする??

父に声を掛け、入院の手続き書などをもらい帰る。
母はただオロオロするばかり。
私の家で寝るように言うが、慣れた部屋でないと眠れないと言うので、
食事をしてから送っていき、
夜中に目が覚めても混乱しないように、
父は入院している。 とテーブルにメモして帰る。

さて、夫とネットで脊椎間狭窄症を調べる。
加齢とともに誰もがなりうる病症で、
温存法、手術、どれも完治するとは限らず、
まして85歳の父に、そういう治療のどれほどの効果があるか。
3週間の入院、その事の方が、
父にも、デイサービスなどを拒否する母にも
そして、世話をする私にも、リスクが大きいのではないか。

無理をしてやってみたところで、急にスタスタ歩けるようになるとは
到底思えない。
確かにどんどん歩くのが面倒になっているけれど、
腰が痛いと言うことはない。むしろ痛いのは膝のほう。
週に3日のデイと、たまに公園まで歩くのと、
一人でトイレに行けること、で良いのではないか。

今より少し歩けるようになったとしても、
どこへ行くのも一人では行けない父と母。
私一人でどうしてあげようもない。
病院も散髪も、一人づつでないと連れていけない。
治療や手術をして、一人で買い物や散髪に行けるようになるのか??

それよりも、2年かかってやっと落ち着いてきた生活のペースを
3週間の入院で壊したくない。

土日で医師に会えなかったので、
今日行ってこちらの意思を伝えると、
引きとめる引きとめる。2週間だけ点滴治療してみましょうよ。
途中外泊帰宅しても良いから、、、

???だんだん病院に対する不信感が。
たまたま見つかったものなのだから、
また準備をして、診察しに来てもいいんじゃないの??

荷物をまとめ、親切にしてくれた看護師さん達にだけはちゃんと挨拶をして、
逃げるように父を連れて帰ってきた。

傷の消毒や抜糸は、近所の病院を探そう。
腰の事は様子を見て。
でも絶対手術なんて必要ない。

父も母も、この数日間の事はまるで夢の中の出来事。
血が出た、痛い、早く帰りたい、
そんな事がすべてなんだと思う。
手術でもして、もっともっと歩けるようになりたい・・なんて
よく分からないし、自分では決められない。
すっかり呆けてしまったわけではない。
ただ、娘の言う事に頼るしかない。
難波や高島屋や大丸にも行ってみたい、
映画も見てみたい、温泉にも行きたい、
でも、娘の世話になるのは申し訳ない、負担になりたくない。
もちろん自分たちで考える気力がない。。。




ずっと気になっていた佐野洋子さんの「シズコさん」を
この転倒劇の前日に読んていた。
そして、全然違うんだけれど
私と母、父と母との関係を思い、
すごく心が動いていた。大きくうなづくところが何か所もあった。
胸に詰まるところが何か所もあった。

私はただの一人娘ではない。33歳で妹を亡くした長女だ。
母親と姉妹みたい、、、なんてとんでもない。甘えた事はない。
母と二人で服を選んだり、一日中語り明かした事なんてない。
父母の事を尊重はしていたけれど、同感した事はほとんどない。
心の底で、いつも反発していたと言ってもいい。
母のような女になりたいと一度も思った事がない。(ごめんね)

私は父母を捨ててはいないけれど、半同居が始まって、
そういうこと・・を思い描いた事は数知れずある
私が面倒をみるよりも、
他人に見てもらった方が、父母にとって幸せなんじゃないだろうかと。
こんな気持ちで看てもらうなんて、父母も厭だろうと。
でも、実際はちゃんとやっている。きちんとやっている。
疲れて疲れて、なぜ??と思い悩む時、
全部放り投げてしまいたいと、何度も思う。

「シズコさん」を読み終えて、
ストンと何かが腑に落ちて、
うん、そうやね。と納得できた気がした。

その翌日、母がコケ、父が怪我をした。
整った病院とはいえないところに四晩父を置き、
その隣に寝ていた老人たちを見て、
私の考えは間違っていないと。
思い悩みながらでも、
私が、やっていこうと。
「シズコさん」と転倒劇は、
天のお告げか?
それとも、妹と叔母の、励ましか、、な。
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Commented by Ryoko at 2011-09-06 00:48 x
突然こういう事って起こるのですよね
事の流れ 行動 ekoさん達の考えが伝わります。
本当に心身共にお疲れ様でした。
こうして介護する・・ 覚悟する・・心の変化をして行くのでしょうね
ちょっと激の効いた、効きすぎた(笑)妹さんと叔母様からの励ましだったと私も思います
もうちょっとお手柔らかな励ましにして欲しいわね 
この位しないとって相談したのかしらね(厳しいわね)^_^;
Commented by asobinuno at 2011-09-06 07:51
本当に大変でしたね。予期せぬ事が起こると自分自身が一番不安定になっているのを感じます。ど~んと構えてなんて無理です。
情けなくなるくらい自分が揺れ動くのですよね。
覚悟を決める、、そう決めたのにまたわからなくなる自分と
(私の場合ですが)いつも自問自答です。
やるきゃないよね~お互いに。
Commented by ekosblog at 2011-09-07 10:24
sumiyoさん、おはよう~
そうよね、なかなかどんと構えられない。
度胸は良いほうなんだけど、やっぱりあれこれあれこれ迷って。
私の場合は決めてしまった後で結構悩む。。かな(^_^;)
なんと言っても決めるのは私しかいないから。
一言相談できる人がいればな。。と思います。
まだまだこれからだね~お互いに。
Commented by ekosblog at 2011-09-07 10:26
Ryokoさん、おはよう!
今日もさわやかな朝で気持ちいいね。

そう、突然だもんね、あたりまえだけど。
毎朝仏壇の義母や妹や叔母の写真に、
頼みます、より良き道を教えてね・・・って拝むんだけど。
ビックリはしたけれど、カツを入れられたのかもと思います。
私にもだけど、父と母、なんだか元気なの。
ショック療法だったのかしらね(^_^;)

旅行記、続き楽しみにしています♪






by ekosblog | 2011-09-05 23:14 | 家族 | Comments(4)

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